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  • 執筆者の写真將詞 橋本

経営者は夢を語るべき

 研修講師の依頼が受け始めたころ、時間配分に苦労をしました。短いときは60分、長くて6時間という依頼もありました。この頃は、話の内容は尽きないので、レジュメを多めに作っていきます。でも、受け始めたころは時間を残してしまうことを過剰に恐れていて、「歴史からみる労務管理」というテーマで話を作っていました。その中で、一番多用したのがあります。

 

 「経営者は夢を語るべき」


ということで、信長の話をしました。



 今は、採用の話のなかでその話をよく用います。


「人の定着」は、その前提として採用活動があります。採用活動の始まりは「募集」です。募集しても人が来ないということはよく聞きます。

採用の募集は、「花火」と同じだと思います。どれだけの人に見てもらうか、そのためには、広く広報すること、高く打ち上げること、大きな花火を打ち上げること。まずは、どれだけ多くの人の目に留まることができるか、そこがまず第一歩だと思っています。



 戦国武将の中で、その時代、突拍子もない花火(本人には、人材募集のためという考えはなかったはずですが・・)を打ち上げた大名がいます。織田信長です。


信長が、稲葉山城を攻略し、地域を「岐阜」と改めたころから「天下布武」という刻印を使うようになりました。この「天下布武」は、「武(力)で天下を布く」ではありません。この「武」は、孔子が編纂した書物に由来する「七徳の武」を意味します。

  1. 暴を禁じる(暴力を禁じる)

  2. 戦を止める(戦いを止める)

  3. 大を保つ(天下を保つ)

  4. 功を定める(功績を正しく評価する)

  5. 民を安んじる(民衆を安心させる)

  6. 衆を和す(組合が争わないようにする)

  7. 財を豊かにする(経済を豊かにする)


 この七徳が、その時代、どれほどの衝撃であったかわかりません。ただ、こんな発想をする人は存在しなかったのではないかと想像できます。そもそも、「天下」を全国として認識することすら難しい世であったことを考えると、いかに大きな花火であったことが想像できます。その信長の考えに大きく共感した者に、秀吉、光秀がいるのではないでしょうか。

 これまで、「家督」が重んじられ、生まれてきた家によって立場も決まるような時代、そこに適材適所の考えを持ち込んだのが、織田信長です。また、それに共感したのが次々と新たに登用されてくる若い衆。



 農業も農家から農業法人へ。農作物の生産から植物生産へ、科学・化学を巻き込んでどんどんと成長しています。これからが面白い。




 




 

 先日、台車で三重県まで行ってきました。


やっぱ、軽トラがええです。


①姿勢が悪い

だらけた姿勢で運転するので、すぐに眠くなる。


②足がイライラする

右足しか使わないので、左足がイライラする。じっとしていられない


③走り出しが遅い

ATなので、走り出しが遅い


④ブレーキをすぐに踏んでしまう

減速するのにブレーキ踏んでしまう


やっぱ、私には軽トラが。。





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